東京地方裁判所 昭和32年(ワ)8124号 判決 1963年4月26日
原告 加藤美政
右訴訟代理人弁護士 和田栄一
被告 富国交通株式会社
右代表者代表取締役 小嶋作治
右訴訟代理人弁護士 緒方鉄次
主文
被告は、原告に対し、別紙目録記載の株式につき原告のため、名義書換手続をせよ。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、原告の本件株式の譲受
原告は、訴外安達から本件株式を譲り受けた旨主張し、被告はこれを争うので、まず、この点について判断する。成立に争のない甲第二号証≪中略≫を綜合すると原告は、昭和三二年一二月一〇日ころ、訴外安達勇蔵から原告主張の本件株式を代金一〇〇万円で譲受け、その名義人である訴外江森茂一又び同橋本末吉名義の白紙委任状添付の株券の引渡を受けたことが認められる。他に、右認定を左右するに足る証拠はない。
二、安達の本件株式の取得
証人安達勇蔵の証言により成立を認める甲第三号証≪中略≫を綜合すれば次の事実が認められる。
1 被告会社は昭和二七年末頃安達から五〇万円を利息月一割返済期一ヶ月後の約束で借り入れて以後、同人との間に同一利息による継続的な金銭貸借の関係が生じ、昭和二八年一二月八日当時には被告会社の安達に対する債務額も一五五万円に達し、その利息が嵩むため、同日被告会社は安達に懇請してこれを月三分に切り下げるとともに、その債務を担保するため小嶋作治ら名義の被告会社株式二七、〇〇〇株を差入れた。しかるに、昭和二九年七月三一日当時被告会社の代表取締役であつた江森茂一は安達に対し株券整理のためと称して右二七、〇〇〇株の株券と江森および当時同じく被告会社の代表取締役であつた橋本末吉名義の各一〇、〇〇〇株合計二〇、〇〇〇株(本件株式)の株券との差換えを求め、改めて右の債務を担保するため安達に対し本件株式を譲渡することとしてその株券に江森および橋本名義の名義書換用白紙委任状各一通を添付してこれを安達に交付し、右債務を同年九月三〇日までに支払わないときは、安達において右の株式を処分して債務の弁済に充当するとこれを債務の弁済として確定的に取得するとその任意に委ねる旨を約した。しかし、安達が担保として、さきに提供を受けた株式の額面は一三五万円だつたのに、後に差入れられた株式の額面は一〇〇万円にすぎなかつたため安達は被告会社に対し五〇万円の内入弁済を求め、被告会社はこれを承諾してこれを昭和三〇年四月支払つた。その後被告会社は債務の弁済をしなかつたので、安達は被告に対しまず昭和三二年九月一三日残金一〇五万円およびこれに対する昭和二九年一〇月一日より昭和三二年九月二九日までの損害金八五九、九五〇円の支払を請求し、次いで、同年一〇月一日さらに右の金員を同月四日限り支払うべくその支払がないときは、担保権を実行すべき旨の通告を発し、右の意思表示はその頃被告会社に到達したが、被告は結局右の支払をせず期間を徒過してしまつたものである。以上の認定に反する証人江森茂一、橋本末吉の供述部分は信用できず、他にこの認定を左右するに足る適確な証拠はない。
2 江森が橋本名義の株式を譲渡担保として安達に差入れた関係は一応代理関係であるとみられるが、橋本が江森に株式差入れの代理権を与えたと認むべき証拠はない。しかし、橋本名義の株式が同人の権利に属するものと認むべきかはきわめて疑わしく、証人江森茂一はその株式は同人のものであると供述するだけでなく、証人橋本も被告会社に二〇〇万円出資して同一額面の株式を取得したが、その株券はこれを手にしたことなく、その名義を書き換えるためこれを江森に預けたが、江森はこれを返還せず他に担保に供し、橋本も被告会社から出資金二〇〇万円の返還を受けて同会社との関係を絶つた(もつともその後監査役となつた)と供述しているのであつて、これらの供述からみれば、橋本名義の株式は必ずしも同人の所有に帰属するものとはいい難いのみならず、右のように橋本はその取得した株式の名義書換を江森に依頼し株券を江森の手に委ねたともみられるのであつて、この関係から本件をみれば、江森がその名義書換をした上これを橋本に交付することなく、これを安達に対する被告会社の債務のため譲渡担保に供したとしても、江森のこの所為は権限踰越の行為に該当すると認められるものである。ところで、安達が江森に右の株式を担保に供する権限がなかつたことを知つていた証拠はなく、原告本人の供述(第一回)によれば、当時の被告会社の代表取締役たる橋本は他に本業をもつていた関係上被告会社の債務に関しては一切他の代表取締役たる江森にその処理を一任する旨原告に表明したことが窺われ(これに反する趣旨の証人橋本末吉の供述部分は採用しない)、かつ、証人橋本末吉の証言によれば、本件株式の担保差入契約書(甲第三号証)における橋本末吉名下の印影は同人の印鑑によるものであることが認められるから、安達が江森に橋本名義の株式を譲渡担保に供する権限があつたものと信ずることは当然であつて、その信ずるにつき正当の理由を有したものといわなければならない。してみれば、橋本名義の右の株式が仮りに真実同人に帰属するものとしても、安達は民法第一一〇条により江森名義の株式とともにこれを譲渡担保として取得したものというべきである。もつとも、右にみたとおり、橋本名義の右の株式が真実同人に帰属するものかは疑問であり、もし、同人に帰属するものでないときは、江森においてこれを譲渡担保とする権限を有しないのではないかと疑われないことはないが、その株式は橋本に帰属しないとしても、被告会社の保有するいわゆる自己株か江森の権利に帰属するかの二途を出ないことは、前記証人江森、橋本の供述を対比して推察するに難くないところであるから、いずれにせよ江森がこれを譲渡担保とすることはその権限(権利)の範囲内に属し、その設定は有効なものと解さざるをえない(自己株の取得は無効であるが、会社がこれを処分する行為は有効と解する)。安達は1記載のように、被告会社の債務不履行を理由として本件株式を取得する旨の意思表示をしたからこれによりその株式を確定的に取得するにいたつたものと認むべきである(なお、この点については後記三、2参照)。
三、被告の主張に対する反駁
1 被告は仮りに本件株式が安達に対し担保に供せられたとしても、それは単なる質権の設定にすぎず、仮りに、譲渡担保の設定であるとしても、内金五〇万円を弁済したときに質権の設定にかわつたものであつて、訴外安達はこれにより原告主張の本件株式を直ちに取得することはできない旨を主張するが、本件株式が担保に供せられた関係は譲渡担保の設定であつて、質権の設定でないことは右に見たとおりであり、その被担保債権額が一〇五万円であつて、一五五万円でないことも右認定の事実関係から明らかであるから、被告の右主張はその前提を欠き採ることができない。
2 また被告は、本件契約につき、訴外安達が物上保証人たる訴外江森及同橋本に対し代物弁済の予約完結の意思表示をしていないから、右安達は本件株式を取得するに由ない旨主張する。
そこで考えるに、およそ譲渡担保設定の契約において、債務不履行の場合に債権者が目的物を換価処分してその代価をもつて債務の弁済に充当するとその目的物を債務弁済の代償として確定的に取得するとその任意に任せられている場合には、債権者はそのいずれかを選択する自由を有するとともに、その選択権を行使しないかぎりいまだそのいずれもの効力を生じないものと解するを相当とする。すなわち、この場合は債権者が選択債権を有する場合と同じく、その選択を相手方に対する意思表示によりなすことを要するものと解すべきである。ところで、譲渡担保の目的物を債務弁済の代償として確定的に取得する関係は、その実質においてはあたかも代物弁済を受ける関係と同様である。これを代物弁済といわないのは、目的物の所有権がすでに債権者に移転しているからにほかならない。それ故に、債権者の選択権の行使により目的物の所有権が確定的に債権者に帰属する場合の譲渡担保は、その実質において代物弁済の予約を含むといえないこともなく、選択の行使は予約完結の意思表示と解して支障がない。
いずれにせよ、債権者が目的物の所有権を確定的に取得するためにはその意思表示を必要とするのである。ところで、本件の譲渡担保が債権者たる安達において右にいわゆる選択権を有する場合であることは、上記(二、1)認定の事実により明らかであるから、安達が目的物たる本件株式を確定的に取得するためには、物上保証人たる江森、橋本に対しその意思表示をすることを必要とする理である。原告は江森および橋本は担保権行使の通知を受ける利益を放棄したと主張するが、これを認むべき証拠はない。しかし、成立に争のない甲第七、八号証≪中略≫によれば、安達は昭和三二年一〇月被告会社に対し債務弁済の催告とその弁済のないことを条件とする株式取得の意思表示をし、同年一二月さらにその株式を取得したことを理由として被告会社に対しその名義書換を請求しているのであつて、その意思表示の相手方の表示は直接には江森を代表取締役とする被告会社であるけれども、その代表取締役は当時江森、橋本の両名であるから、その意思表示は個人たる江森および橋本に到達したものと解すべきである。さきに見たように、橋本名義の株式は被告会社または江森の権利に属するものであつた疑がないことはないが、この場合でも江森を代表取締役として被告会社に対してした意思表示は、被告会社または江森個人に対してなされた効力を有するものと解すべきである。
さらに被告は、本件譲渡担保契約は公序良俗に反し、またその担保物の価値が債務額の五倍ないし一〇倍以上であるから、担保権の行使は信義則に反し、いずれも無効であり、かつ、原被告間において昭和三三年一月初旬ごろ、本件株式について名義書換請求はしない旨の示談が成立した旨主張するが、これを肯認するに足る証拠はなく、却つて、弁論の全趣旨によれば、本件契約の当時、業界は経営不振のため資金ぐり等も困難であり、被告会社もその例外ではなかつたことが窺われ、したがつて、本件株式が、被告主張のような価値を有していたことは到底考えられず、かつ、原告本人尋問の結果によれば、原告が、本件株式につき名義書換請求をしない旨約束した事実を認めることができないので、右主張もまた採用するに由ない。
以上の次第であるから、原告は、本件株式を適法に取得した安達から譲渡を受けたものであるというべく、したがつて、その請求は理由があるので、その余の点につき判断をなすまでもなく、正当としてこれを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長谷部茂吉 裁判官 上野宏 裁判官玉置久弥は転任につき署名捺印することが出来ない。裁判長裁判官 長谷部茂吉)